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自治会長の自宅に銃弾=暴力団追放運動と関連か−北九州

 15日午後11時20分ごろ、北九州市小倉南区南方の同区自治総連合会長作本亘さん(75)方で、「窓ガラスが割れる音がした」という110番があった。玄関や勝手口のドアに銃弾の跡があり、窓ガラスが割れていた。けが人はいなかった。同区内では指定暴力団工藤会の事務所開設の動きがあり、自治会は暴力団追放運動を進めていた。福岡県警小倉南署は拳銃発砲事件とみて関連を調べている。 同署によると、玄関と勝手口ドアはいずれも道路から見える位置にあり、計6発の弾痕が見つかった。また数発の銃弾が発見されたが、薬きょうは見つかっていないという。 通報した近所の住民は「爆竹が鳴るような音が聞こえ、その後車のエンジン音が聞こえた」と話しており、同署は犯人が発砲後に車で逃走したとみて調べている。 

病気から命救ってくれた日本にありがとう=感謝込め日中友好サイトを開設―中国

写真拡大2010年3月、日本僑報社はウェブサイト「中日友好記念館」について報じた。同サイトを設立した王強さんは、日本に命を救われたという感謝の念を込めて日中友好事業に取り組んでいるという。写真は同サイト。 2010年3月、日本僑報社はウェブサイト「中日友好記念館」について報じた。同サイトを設立した王強(ワン・チアン)さんは、日本に命を救われたという感謝の念を込めて日中友好事業に取り組んでいるという。中国新聞網が伝えた。遼寧省瀋陽市で編集者として働いていた王強さん。しかし病という不幸が襲ってきた。主治医は「あなたの病気はきわめて珍しいもので、わたしも2例しか見たことがありませんが、いずれも命を落としてしまいました。現在の中国には治療法はありません」と無情にも宣告した。中国の名医という名医を訪ねたが、治療法は見つからず、あきらめた王さんは、人生の最後を日本に住む娘と一緒に過ごそうと決めた。【その他の写真】そして東京で奇跡が起きた。病気を知った東京大学の医師が王さんの治療に取り組んだのだ。日本や米国の最新資料をかき集め、中国の大学と連絡を取り合うなど160日間に及ぶ懸命な治療を続け、ついに王さんは助かった。その命は美しい大地に住む善良な日本人が与えてくれたもの、と王さんは思った。健康を取り戻した王さんは帰国後、残された人生を日中友好のためにささげようと決意。マスコミで働いた経験を生かし、日中友好ウェブサイト「中日友好記念館」を設立した。日本人は中国人同様、内向的でコミュニケーションが苦手な民族ではないか。日本に滞在した王さんはそう感じたという。現在、日中両国は多くの問題を抱えているが、それもコミュニケーションや交流が不足しているため、あるいはお互いにとってふさわしい交流方法を見つけられていないためだと考えている。「中日友好記念館」は、両国2000年の交流の歴史を描き出すことで、交流の懸け橋となることを目指している。(翻訳・編集/KT)【関連記事】・「白髪おじさん」ありがとう!日本から届いた感謝のバレンタインチョコ―台湾・「日本医療チームに感動した」四川大地震被災の青年、日本に留学―中国・「大学が人生を変えてくれた」中国人卒業生、感謝の寄付金8億円!―米国・「ありがとう!楽しい子ども時代を過ごせました」=「クレヨンしんちゃん」作者の死に哀悼の声―中国・親善大使は中国娘、「日中友好の懸け橋に」―福岡県北九州市

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